イタズラ好きなこの手をぎゅっと掴んで離さないでね?


 もそり。
 最初に動いたのは、マヤだった。
「あいたた…。」
 途中で何度か、引っかかったせいか多少の打ち身がはあったが大きな怪我はしていない。
とにかく周りは真っ暗で、おそるおそる右手を伸ばした。
むにゅうり。

 柔らかいと言えば、まあ、柔らかいが、若干質量が伴わないものを掴む。そう小さい。

あぁ…貧乳…ね。

「きゃ!何してんのよ!!!!」
勢いのよい声と、皮膚を張る景気の良い音。
「何すんだよ!」
「何って、わたわたわたしの…。」
「貧乳を掴んだのは、私。」

    暗闇の中に訪れる沈黙。何かが動く気配がすると暗闇のなかに小さな炎を生まれた。
それを手に持つジェットが浮かび上がると、残りの少女達が顔を見合わせた。
「マヤ!!」
「やっぱり貧乳ね。」
「○△×…!!!!」
 
 その後は、聞いていたジェットが頬を赤らめて俯くほどの凄まじい会話が展開された。
 想像していただくのなら、女子高生の更衣室。
恥じらいとか遠慮とかいわれている女の皮が、調度良い感じに剥けている状態だ。
 もちろん、殿方にお聞かせするような代物ではない。

「お、お前等…やめろ…て…下さい…。」

 人生経験の薄いジェットの抗議の声が、多少小さめであっても、多少震えていたとしても決して彼を責めることは出来ないだろう。



「おや、どうなさったんですか?」
 リーダーがいたはずの場所に帰ってみれば、其処には大きな穴。首を傾げて覗き込んだ、クライヴとギャロウズは、その下にも続いている穴を見つめながら、体育座りをしている三人(二人と一匹?)を発見する事となった。
「おい、ジェットもいねえじゃねえか?」
 ギャロウズの言葉に、シェイディが無言で下を指さした。
「…落ちたのですか?」
 クライヴの問い掛けには、三人が首を縦に振った。
「リーダーも?」
コクリ。
「ついでですが、そちらのリーダーも?」
コクリ。
 すべては無言のうちに行われた。

「マジかよ?」
 ギャロウズは大袈裟な仕草で、大変さ加減をアピールしたが、周囲の反応は薄かった。
「なんだよ。ノリが悪りぃな。」
「朝から振り回されてお疲れなんでしょう。」
 クライヴの言葉に、トッドのサングラスの奥で光るものが見え隠れする。
「こうして、食事の用意をしてきたのも何かの縁です。お食べになりますか?」
 傍らに置いたバスケットを見せた彼の姿は、どんな神よりも神々しいに違いなかった。今降ろしますからね〜と、ロープの端にそれをつけ、穴の中に入れてやる。
 暫くすると、それをむさぼり食う音が聞こえ始めた。
「…あれ、リーダーの朝食だろ。いいのか?勝手に喰わせても…。」
「助け出すにも彼等の力は必要ですから、リーダーにはダイエットをしていただくということで。」
 キラリと光る眼鏡の奥の瞳に、『情け容赦なし』の一文を読みとったギャロウズであった。



 女の結束というのは、いきなり壊れるが、いきなり結ばれる。そこに、深い意味などなんら無いのかもしれないとジェットは思った。此処から脱出した暁には、俺の話を聞きたがるあいつに、今日の出来事をたっぷりと聞かせてやろうと心に誓う。
 嫌だと言ったって許しはしない。俺と同じ目に合わせてやる。
 奇妙なそして、切実な願いと共に纏の下で小さくガッツポーズをしたジェットは、いざその場になって、彼女らの言葉を自ら口にすることなど出来ないと悟るのだが…。

 ヴァージニアとマヤは先程まで、直接的な表現で相手の体型の意見交換をしていたがたった一言で、意気投合への道を歩んでいる。

「あ〜あ、お腹すいちゃったぁ。」
 ヴァージニアは唇に指を当てて、もの欲しそうに告げる。
「ねぇねぇ、マヤ、甘いもの欲しくない?」
「欲しい〜。あそこの…なんて言ったかしら、ケーキが美味しいのよねぇ。」
「あ〜知ってる、知ってる!ベリーをいっぱい使った奴じゃない?」
「そうそう。あそこはねぇ…。」
 あ〜甘味の話で盛り上がってやがる…ジェットがそう思った次の瞬間、二人は申し合わせたように立ち上がった。
「お前ら…?」
 顔を見合わせると頷いて、いきなり歩き出す。
「お、おい?」
「何してるの置いていくわよ?」
 クルリとこちらを向いたマヤがそう言い、さも当然の事を告げたと言わんばかりにヴァージニアも頷く。その瞳は、恐ろしい程の決意を感じさせる。

 待て…お前等なんの説明もしちゃあいないだろう。

「どうし…。」
「もう、ここいるの止め。お腹空きすぎ!」
 拳を握り、鼻息荒くヴァージニアが告げる。
 
 だから、お前等は、先もわからん通路の何処に向かうつもりなのか。空腹を充たすためなら、本能のままに動くのか!?

「だから、何処行くつもり…。」
「もう、男のくせに細かいわね!何故進むのか、それは、そこに道があるからよ!」
「大丈夫だって、私達は、腕利きの渡り鳥なんだから!」

 そして、『腕利きの渡り鳥は、こんな穴に落ちたりしねぇ』と言うジェットの真実は、文字通り洞窟の闇に葬られた。



「やっぱり、同じところをぐるぐると廻っているようですね。」
 無精髭の映えた顎に手をやり、うんうんと納得した様にクライヴは告げた。横で眺めているギャロウズは首を捻る。
「それって、どういう事だ?」
「動物は焦っていればいるほど、同じ方向に曲り易いんですよ。 けれど、結局は同じ場所に戻ってしまいますので、捕食者に追われている場合食べられてしまいますね。
 ダンゴムシが自動的に左右を振り分けて進むのは、それを防止する為だと言われています。」
 流石元学者の渡り鳥。知識は豊富。しかし…。
「それって…なぁ。」続きを口に出すのは流石に躊躇われ、ギャロウズはその厚ぼったい唇を重ねたたらこの如く閉じた。

  『リーダーはダンゴムシ以下かよ。』

 口に出さなかっただけ、ギャロウズは常識人と言える。
「ジェットの付いてるのに、そんなヘマするかね?」
「リーダーと二人きりなら主導権は(なんとか)ジェットでも取れますが、マヤが一緒では、ジェットでは制御不可能でしょう。
 あちらのリーダーも空腹だと伺いましたから、餓えた狼が二匹連れ、兎に勝ち目はないでしょうね。」
 まるで、見てきたように物を言いクライヴは、口元に拳をあててくくっと密やかに笑った。
「学者さんの考える事は、わからねぇ。」
 しかし、本来は狼はジェットで、二人の仔兎であるべきだ。呆れた顔のギャロウズに、下から声がする。

「あの〜ここでいいんでしょうかぁ。」
 
 衣食足りて礼節を取り戻した、アルフレッドの声。
クライヴは手にしたモニターを眺め直す。小さな発光は、先程と同じ軌跡を描き移動している。
「はい、そこですね。
指示を出しますから、暫くまってくださいね。」
 ひらひらと手を振ると、少年はにっこりと笑った。



 物語の終焉は近付いていた。

勿論、主人公は気付かないもの。それがお約束というものだ。
 いつまで歩いても、景色が変わらず、事態が好転しないことに気付いたヴァージニアとマヤは、またもや剣呑な雰囲気を醸し出していた。
 後ろから明かりを持って追うジェットも額を抑えて溜息を付く。こうなってくると、どんなに忠告しても無駄だという事はわかった。実は、男である彼には理解出来ないであろうが、そうやって話をすることが女である二人のコミュニケーションであり、ストレス発散を促しているのだ。
「あ〜もう、どこまでいきゃあいいのよね。」
「何よ、マヤがこっちだって言ったんでしょう!」
「そうだったかしら?」
「すっとぼけるなんて、卑怯じゃない。」
 そんなにべらべら喋る体力があるのなら、もう少しは動き回れるだろうとジェットが思った矢先、二人はぺたんと地面に座り込んだ。
「もう〜疲れた〜〜〜〜〜〜。」
 見事な二重奏。二人で上を向き、お腹が空いた〜と騒ぐ姿が何かに似ていると、ジェットは目尻を緩ませた。

『そう、雛鳥だ』
 
 ぶぶっと手の中で吹き出すと、途端にヴァージニアが視線を寄越す。少しだけ眉を寄せ、大きな瞳はじっとこちらを見つめる。
「ジェットってば、何笑ってるのよ。」 
 ぷうと頬を膨らませると、年齢以上に幼くなく見えた。自分とどっちが上なんだか、わからないと頭を抱える事もあるが、そんな彼女が自分を変えてくれたのだ。
 いつもの表情に切り替えて、ジェットは二人を追い越しで先に進む。
「ジェット…!?」
「お前は休んでろ。俺が先を見てくるから。」
「え、私も…。」
 立ち上がろうとしたヴァージニアの腕をマヤが引き、勢いぺたんと地に座り込む。片手でヴァージニアを抑え、マヤは、ジェットに手を振った。
「助かるわぁ〜、ありがとう。行ってらっしゃぁい!!」
「ちょ、ちょっと…。」
「折角気を遣ってくれてるのに、甘えて上げるのも大事じゃなぁい?」 「な、何がよ!」
 座り込んだヴァージニアの首にしなだれかかり、マヤはうふふと笑う。
「男のプライドって奴。」
「だから、何!? あ〜〜〜んジェットがいっちゃうぅうう。」
 遠ざかっていく光に向かい、ヴァージニアは両手で空を掴みジタバタと暴れる。それでも、体格の良い(どーせ貧乳ですよ!!by ヴァージニア)マヤに抱き付かれていれば、その場から数ミリたりとも動かない。
「好きな娘が疲れてるのを放っておけない…。ナカナカ泣かせる話じゃない?」

好きな娘

 その四文字は、ヴァージニアの頬に熱を集める。その様子は暗闇の中のマヤには勿論見えるはずもないのだが…。
「す、す、す、好きだなんて何言ってるのよ、マヤ。」
 どもり、噛む。明らかな動揺に、マヤの口元がにまりと上がる。…がこれも、ヴァージニアには見えなかった。
「ま、彼が疲れて帰って来たら、こう膝枕でもしてあげて…あら、随分と柔らかみに欠けるわね。」
 コロンとヴァージニアの膝に頭を乗せたマヤが不服そうに呟く。
「か、勝手に膝枕しといて文句言わないでよ!何よマヤの太股なんか!!!」
 叫んで、恐らくスカートを捲ったのであろうヴァージニアは言葉に詰まる。

『…ひょ、ひょっとして、マヤの太股私より細い!?』

 驚愕の余り、マヤの腰にも手を伸ばす。

『胸でかいくせに、腰細い!?』
 ガーン、ガーンとドラム缶に打ち付けた鐘のような響きが諸行無常に、ヴァージニアに頭に響いた。
「ちょっと、ぼんきゅっぼんのナイスバディにいつまで触ってんのよ。きゅっきゅっきゅっ。」
「きゅっきゅっきゅって!!」
 バサッと威勢良く何かが持ち上げられる音と共に、悲鳴が上がる。
「見えるじゃないの〜勝負下着!!!」
「なんと勝負するってのよ、マヤ!!!」
 
 暗闇から響く黄色い声に、ジェットはふるりと頭を振った。


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